シンボリックでの私の変化⑧

私は、18歳で一般企業に就職したのち、看護師に転職しました

今日は、シンボリックリーディングをして退職した記事です。

シンボリックメソッドを習う前から

組織という縦横の世界があわないな~とは感じてきました。

組織でいるからこそ、社会保障の面、安定された経済など守られています。

がしかし。。。

シンボリックメソッドを学びはじめ、スタッフにも仕事が分担できるようになったのに、

だんだん学べば学ぶほど、職場に違和感を感じるようになりました。

「私の居場所はいずれここじゃない。だけど有名になって経済的に安定したら

看護師はやめよう」そう思ってあまり考えないようにしていました。

図書館で例えるなら私の場合、読みやすいエッセイ集から本を取り出したように

潜在意識を整理するのに、感情が伴う不快な日常から、自分をみつめました。

ところが、放っておいたメッセージは、まあいいか!のままだったので

あらゆる問題が襲い掛かり、ひとつひとつ自分の心と向き合い、

枕を涙でぬらして泣くだけ泣いたそのあとに

また自分を見つめるシンボリックリーディング、シンボリックカラーで自分の気を毎日毎日整える生活をつずけました。

言い方を変えれば、自分をみつめざるをえなかったです。

そうしたら、問題としていたことが気にならなくなっていました。

シンボリックトレーナーコースに参加した去年の今頃は、

講座を開くために講座に参加してして、仲間のシンボリックカラーを読んだとき

シンボリックアンサーで「今の職場はあいません。あなたらしくいるためには職場チェンジ!」とでてしまったのです。

私はどうやって相手に優しく伝えようか?とそればかり考えていました。

私を育ててくれた はるひなた先生  は、「相手にも自分にも必要なメッセージ」ですといいます。

私たちは、シンボリックリーダーコースの時から言われづづけます

ご縁のある相手のかたは、あなたにとっても必要なメッセージですと。。

私は、すっかり忘れていました。

そして、その答えを相手の事をみて出したことでしたが、自分の答えだと確信して。。

「ガッピ~ン」 顔を机にうずめてしまいました。

いっぱい頑張って自分のことを見つめて解決したと思ったら、

問題がなくなったと思ったら、「職場を変えなさい」ってどうゆうこと。。。??でした。

もう、仲間と食べる楽しいはずのランチでさえ、心ここにあらずで動揺を隠しきれません。

自宅に帰り、寝込みました。

そして心を落ち着かせ、なぜ今になって職場チェンジなのか?

なぜ自分で望んでいたはずの退職を動揺しているのか?

これまたシンボリックリーディングです。

1つ1つクリアしたからこそ「今ならいいよ」と職場環境チェンジでした。

もう一つは、もう2度と看護師をしなくなるのでは。。社会的安定した、地位と経済力への

不安もあり、この世で生きていくためには、我慢したほうがいいのでは?と葛藤もおこりました。

そんな中、とにかく私は歩きました。

もう私は、「考える」という方法をとると、理屈っぽくなり悩みとなるからです。

なので、とにかく身体を動かして、感じるままの状態にしました。

そして子供のころ、どんな事に夢中になって、心の底から楽しいと思えたか?

子供の頃に好きだった記憶から、自分をみつめました。

子供の時の夢中になった曲、なつかしい食事、なつかしいおもちゃを触って、

なつかしい匂い、なつかしいアルバム。。。

五感を使って、よみがえらせました。

そんな作業をしているとき、腑に落ちました。

「退職しよう大丈夫」自分のだした答えを信じようと決めました。

私の場合、自分についての個性を封じこめていたことと一緒で

組織でうまく仕事をしていくために、自分自身をみつめることをしていました。

そして、クリアしていくその先には、まだまだこれからも

クリアする課題も用意されていて、次のステップにいくためにも

自分をみる作業、こころをみつめることが、大切と私は思っています。

私はシンボリックメソッドを活用して、自分と向き合い、

自分で出したシンボリックリーディングの答えに素直に従うこと

私は、今幸せです。

貯金を崩す生活、恋人いな~い。

う~ん。やっぱり幸せです。

もっと最初から自分がだした答えを信じてあげればよかったと思います。

あまりに多くの人と接する仕事から、自宅にいることも多くなり

ない!ない!ない!と不安になるのかと思っていましたが

もう、私は不安に飲み込まれないほど、強かったです。

私自身、強くなっていました。

自分でだしたシンボリックの答えは、自分でだした答えだからこそ

机に顔をうずめてしまうくらい強烈でもあります。(=⌒▽⌒=)